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不偏分散

謎が解けたのでメモ。

超わかりにくいけど、直感的な説明。

 

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ブルガリアで体験した奇妙な気分

今日は調子がいいので、ブログ書いてみる。

 

なんとなく、今度何日にあそこに行く予定のついでに、○○に行きたい、と思いつつすっかり忘れてたんだけど、突然その期間にそれが叶った時に、奇妙な気分になる件について。

 

2年前ブルガリアに行った時のこと。

前にも書いたかもしれないけど、うまく文章にできなかったし、備忘録のために。

 

旅行の前に、グレートジャーニーって番組で、「三大廃墟特集」てのをやってて、その中にブルガリア共産党ホールが出てきた。ここに行ったら斬新じゃね?と思いつつ、計画を立てる段になってすっかり忘れてた。だって、地球の歩き方にものってなかったはずだ。

 

ブルガリアについて、なんこか街を巡ったあと、カザンラクって都市についた。とは言っても、ものすごく田舎だったように記憶している。一年に一度、バラ祭りってのがあって、その時はものすごい人で溢れるらしいんだけど、その季節ではなかったし、バラも咲いてないし、あとはバラ記念博物館みたいなものと、ちっさい公園があるくらいの小さい都市。まあ、バラ系のお土産をゲットするくらいかな…とか思いつつ、田舎の中のさらに田舎のホテルについた。

 

なんか、すごく旅慣れててスムーズに行ってるようにみえるかもしれないけど、ここまでですごく迷っている。ホテルを探すのに毎回毎回半日くらいかかってる。

 

それで、ホテルについたんだけど(やすくてテニスコートもついてて、ご飯も美味しくて、なかなかいい感じのホテルだった。ちなみに、名前はホテル・チャンピオン)、そこのマスター?が、明日タクシーの運ちゃんに、○○レフ払って、観光ツアーできるコースがあるけど行ってみない?と言われ、それに行ってみることにした。

 

翌朝、朝ごはんを食べてからタクシーにのってツアーに言った。その運ちゃんはたしかブルガリア語しか喋れないおっさんで、英語しか喋れない自分たちは意思の疎通がほとんど取れなかったのだが、とにかく、どこかしらに向かってタクシーは出発した。

 

山道をくねくね登って行ったんだけど、そのおっさんの運転が荒くて、大丈夫かな…?とか思いつつ、車酔いしつつ丘みたいなところにでて、しばらくしたら、遠くからそれは見えてきた。

 

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ほんとうに、何もない丘の上にこれが1つだけぽつんとあって、「テレビで見たやつや!」と興奮しつつ、タクシーはそこに向かって行った。

 

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まずそもそも、この建物の形が奇妙すぎて、あと、すっかり忘れてたものが突然目の前に現れたことにびっくりして、興奮したと同時に、奇妙な気分になった。まるで夢で見た変なものが、現実に目の前に引きずり出されたみたいな奇妙な感覚。しかも、乗り物酔いしてるし。

 

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その奇妙な感じが忘れられない。どれだけ有名な建物だったのか、とか、確率的にどれくらいのものなのか、とかわからないけど、とにかく変な気分だった。

 

*メンヘラ*

苦痛や恐怖がものすごく大きくて、プラスの感覚がほとんどゼロの状況、で、どうやったら生きていけるのか、という話だと思うんですね。

 

苦痛の方に完全に振り切ってしまっていて、人生の収支が大幅赤字の時に、普通の生き方はできないと思う。どうにか生き方を変えないといけない。モデルチェンジできるかどうか。

 

何をしたって苦痛しか感じない状況、自分の全思考回路が、全力を出して地獄を作り出している状況。どこに行こうが、何をしようが苦痛が付いてくる状況。未来なんて考えるのも恐ろしい。将来この苦痛から逃れられる可能性はゼロと思える状況。何も聞かれない無意味な拷問が、影みたいにつきまとってくる状況。そんな完璧な苦痛が存在するとする。

 

一つの答えは、苦痛から主導権を奪えるかどうかだと思う。どんな些細なことでもいいから、自分で選んで見ること。一切の感情を追い払って、客観的に選択を行って、実行すること。選択をするからといって、苦痛の総量は変わらない。Aを選ぼうが、Bを選ぼうが苦痛の総量は百だったとしても、少なくとも自分で選んだ苦痛にはなる。後悔はなくなるかもしれない。

 

でもそういう生き方だと、どんどん孤立していく。苦痛は人を孤独にすると思う。全部自分の頭で考えて結論を出して、行動の結果を引き受けないといけない。

 

最近思うのだけれど、もう一つ次のステップとして自分という枠を捨てられるかどうかということかもしれない。自分より大きい何かの一部として生きている感覚を持てるかどうか。自分の命より大事な存在があると思えるかどうかで、だいぶ楽になるきがする。

 

 

 

 

私のパトリオット体験

あああああ、また自意識過剰すぎるブログを書いてしまったげんなり。

時間をかけて考えながら書いたものって大体自意識過剰すぎるものになるんだよね俺の場合。

 

この自意識過剰すぎるものを作って、最終的に衆目にさらした時の何とも言えない感情。。。この感情を最初に味わった体験は、実に幼稚園年中組の時の記憶にまでさかのぼる。

 

その日は、なんというか幼稚園の「工作で楽器を作ってみんなでパレードしよう」大会の日だった。なんかこう言ういつもとは違うイベントの日で、お菓子の箱や紙見たいなものを使って、楽器を作るイベント。

 

みんなよりもものすごくできる子なんだってことを美人先生に褒めてもらいたくて、ものすごくいろいろと頑張って考えてやった結果、できたのがなんというか、口では説明できないんだけれど、すごくパトリオットみたいなものが出来上がった。

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すごくその時点ではあんなに張り切ってやったのに、できたんがパトリオットだったんですごく自分にがっかりしてたんだけれども、さらに悪いことに、みんなで体育館に集まってパレードしましょうタイムが始まってしまった。当然俺のパトリオットは吹くこともできないし、弾くこともできなかったので、とりあえず太鼓ってことにしてさりげなく叩くことで、みんなの視線とツッコミをかわすことでなんとか乗り切っていたのっだ。

 

なんというか、さっきの美術館のブログそんな気分。

 

片岡球子展。。。

道立近代美術館でやっていた、片岡球子展に今さっき行ってきた。

 

なんだか疲れた。絵を見ることはほとんどないから、20分くらいするとぐったり疲れた。どうにか、目の前のどう解釈したらわからない絵を、言葉で考えたり、強引に消化しようとするから疲れる。そんな絵の見方はあんまり楽しくないっていうか、暇つぶしくらいに肩の力が抜けてた方がいいもんだよね多分。

 

片岡球子、しらなかったんだけど、こんな感じの絵。

www.moma.pref.kanagawa.jp

なんだか人物画不細工だったなあ。小学生みたいな感想だけれども。実際の人物の写真もあったんだけれど、全然似てない、っていうか、不細工成分が増しましだった。たぶん不細工が好きだったんじゃないかな、球子さん。

 

あと、目が怖くって、何考えてるんだろうこの人、みたいな感じ。にもかかわらず、こういうおばちゃんいるよね見たいな共感もある。なんだか不思議な感じですねえ。まあ、こういうのは、片岡球子の絵ってよりも、人物画はそういうもんなのかもねえ。。

 

解説読んだんだけれども、球子は、医者とか患者、学者、僧侶なんかの、特殊な職業についている人物の精神性や個性を表現することから初めて行ったらしい。精神性を絵から頑張って感じ取ろうとしたのだけれども、、、笑まあ、そんな鑑賞の仕方では当然疲れるわけですよ。もっと作品そのものを重視した見方をすべきだった。

 

つまり、例えばこういうことです。

 

椅子に座った特攻服?の青年の人物画があった。若いんだけれど、凛々しくて、信念みたいなものがありそう。だけれども、その信念にはまちがっている部分もあるってことを感じる。そんなことを見てて思った。でも何というか、それは最近あたまの中で考えてたことそのもので、「熱意や信念さえあれば必ず報われるなんて嘘。冷たく考えることが必要だ」っていう自分の考えや、最近知ったインパール作戦は兵站を無視した愚の骨頂みたいな知識を、ただ再確認しているだけじゃないか。。。という。何というか、それでは意味がないんじゃね、という。虚心坦懐?に見ることって難しい。自分っていう枠とその限界、みたいなものが悲しいですね。あんま成長できないんじゃないか自分という。その部分は少し絵の青年と重なる悲しさはある。若いので経験が乏しくて、信念はまちがっているみたいな部分と重なったみたいな感じはあった。

 

あともう一点だけ。何とも当たり前なことなんだけれども、人物画にはその人が着ている服も一緒に映り込む。球子はすごく服の模様とかにも凝っていて、この模様魂こもってんな、的な。つまり、「服装にはその人の精神性見たいなものが宿る!」。すごく、大学入ってからというもの、「ファッションは何のためにあるのか。いらねえんじゃね?」という自分の道程くさい謎に対する一つの答えが見つかった気分で感動です。

 

 

 

 

 

 

ブログ始めました(二回目)

久しぶりにブログを書いてみることtにした。長い文章を書く練習に。

 

この前ブログやってた時は、いろんなこと考えすぎてて、意味不明な感じになっちゃってたので、今回は、読み返したりせず、さっと描いてさっと出すってことにする。誤字も全然気にせず。とにかく、たくさん書いてみる。

 

まずこんなこと言ってる時点で、このブログの筆者が相当面倒くさい性格の人間であることが、読者の皆様にはお分かりいただけるはずですw

 

書く内容は、過去に自分がツイートしたもので、もっと掘り下げてみたいmのとか、自分なりに考え直してみたことを書くってことにする。

 

まあ、見てのとおり、相当面倒くさい内容になることは確かなので、自分の時間を無駄にしたい人は是非読んでみてください。 コメントとか、異論反論オブジェクションとか(逃げはじより)もらえたら嬉しいです。

 

タイトルだけ

言の葉の庭

英国王のスピーチ

フォレストガンプ一期一会★

レミゼ

キャストアローン★

なども。